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国民の「勧善懲悪への飢え」を政府は“時々”は満たすべきだ【藤森かよこ】

ポリコレではなく普通のまっとうさを国民は求めている

■法の下の平等が為されないという悪への怒り

 

 たとえば、2019年の419日に起きた東池袋自動車暴走死傷事故。87歳の男性が運転する自動車が交差点に進入し、歩行者や自転車を次々にはねて8人が重軽傷を負い、母子2人が死亡した。しかし、加害者の男性は逮捕されなかった。

 加害者が逮捕されなかったのは、この人物が元通産省官僚で、天下り先の農機具クボタで副社長を勤め、かつ叙勲者であった「上級国民」だからだと、もっぱらSNSでは論議された。

 「上級国民」とか「下級国民」という言葉は、この事故からよく使用されるようになった。

 加害者は、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死死傷)容疑で書類送検され在宅起訴された。東京地裁の刑事裁判において、加害者は、運転していたトヨタのプリウスの電子系統に故障が起きて、ブレーキが効かなかったとして無罪を主張した。検察側はそれを認めず、2021715日に被告に「禁錮7年」を求刑した。判決は9月に下される予定である。(※池袋暴走事故裁判 検察 90歳の被告に禁錮7年を求刑 | 高齢ドライバー事故 | NHKニュース)

  何事も忘れやすい日本人であるが、この事件については、2年後の今でもたびたびSNSで言及されている。9月に無罪ではない判決が下りても、被告が自動車の欠陥のせいだと主張し続け控訴すれば裁判が長引く。第二審も無罪でなければ最高裁に上告する。被告はさらに時間稼ぎができて刑務所に入ることから逃げおおせることができる。さすが上級国民は狡猾だとか、いろいろ書かれている。

 私自身も9月の判決には大いに関心がある。人間社会に格差があるのはしかたがない。しかし、法治国家における「法の下の平等」は実現されなければならない。だから、検察側が執行猶予なしの「禁錮7年」を求刑したときには、「日本の司法も、まだ腐っていないな」と思った。

 私は、9月の判決が無罪でないことを望んでいる。執行猶予もつかないことを期待している。ちゃんと勧善懲悪は為されなければならないからだ。

 何が悪か何が善かを見定めるのは難しいなどと言うのは、この事例においては間違っている。適切な判断力はあるに違いないエリートならば、87歳という自分の高齢を鑑みて運転はしないことを選ぶべきだった。なのに暴走事故を起こして、死傷者を出したことは「悪」に決まっている。

 国民の多くは、悪を為すことを避けることが可能であったのに、明々白々な悪を為した人物が逮捕されなかったことに怒ったし、今でも怒っている。

 勧善懲悪がなされないのは、国民の司法や警察に対する信頼だけではなく、社会そのもの、国のありよう、政府に対する信頼を著しく毀損する。

次のページ市民感覚では悪なのに法的解釈で悪とされない悪への怒り

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藤森 かよこ

ふじもり かよこ

1953年愛知県名古屋市生まれ。南山大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課 程満期退学。福山市立大学名誉教授で元桃山学院大学教授。元祖リバータリアン(超個人主義的自由主義)である、アメリカの国民的作家であり思想家のアイン・ランド研究の第一人者。アイン・ランドの大ベストセラー『水源』、『利己主義という気概』を翻訳刊行した。物事や現象の本質、または人間性の本質を鋭く突き、「孤独な人間がそれでも生きていくこと」への愛にあふれた直言が人気を呼んでいる。  

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